第9回 尻に敷かれる
尻に敷かれる=搾取される、が一般的な考え方であると思います。
ある結婚式で、新郎が自ら、50年後も新婦の尻に敷かれますと宣言をしました。
確かに新婦はしっかりさんで、新郎はマイペースな性格の持ち主です。
この時はその場にいた全ての出席者がそのままの意味で受け取りました。
しかし数日たった今、ぢょおうはもう一つの意味に気がつきました。
それは、尻に敷かれる方は敷く方を大きな心で受け止め、あたたかく包んであげるという関係なのではないでしょうか。
体よりもゴザの方が大きくないと、安心して座っていられないのと同じです。
体より小さい布団ではおちおち眠れません。特に冬はすぐに風邪をひいてしまいます。
こう見ていくと、まさしくキリスト教の愛の精神そのものではありませんか。
この実例では敷く方がクリスチャン、敷かれる方がノンクリスチャンだったりするのですが(ぁら)。
神様もあなたの尻に敷かれたがっています。
いや、すでに敷かれているんですが、あなたからの敷いてるぞという宣言を待っています。
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